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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)4号 判決 1999年5月31日

京都市東山区渋谷通東大路東入2丁目下馬町484番地

原告

宮川三喜重

訴訟代理人弁護士

石井春水

福島啓充

吉田麻臣

同弁理士

武石靖彦

村田紀子

鹿谷俊夫

横浜市旭区中尾1丁目13番9号

被告

宮川博明

訴訟代理人弁護士

会田恒司

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が平成7年審判第6848号事件について平成9年11月19日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、「真葛」の漢字を縦書きしてなり、第19類「台所用品(電気機械器具、手動利器および手動工具に属するものを除く)日用品(他の類に属するものを除く)」(平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令の区分による。以下同じ。)を指定商品とする登録第2593798号商標(平成3年12月13日登録出願、平成5年10月29日設定登録、以下「本件商標」という。)の商標権者である。

原告は、平成7年3月29日、被告を被請求人として、本件商標につき登録無効の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成7年審判第6848号事件として審理した上、平成9年11月19日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年12月15日、原告に送達された。

2  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件商標が、同写し別紙記載のとおりの構成よりなり、第19類「陶磁器製の食器類」を指定商品とする登録第2247814号商標(昭和58年8月24日登録出願、平成2年7月30日設定登録、以下「引用商標」という。)と類似するものではないから、本件商標は、商標法4条1項11号(平成3年法律第65号による改正前のもの、以下同じ。)の規定に違反して登録されたものとはいえず、同法46条1項1号の規定により無効とすることはできないとした。

第3  原告主張の取消事由の要点

審決の理由中、請求人(原告)及び被請求人(被告)の各主張の認定、判断のうちの本件商標の構成並びにそれが由来する陶器の「真葛焼」の成立及び発展の経緯等に関する認定(審決書10頁1~25行)は認める。

審決は、引用商標が「真葛」の文字と判読できるものではないと誤って判断しているので、違法として取り消されるべきである。

1  原告は、昭和47年ころより、原告が「真葛焼」として製陶した陶磁器に、「真葛」の印(甲第12号証)を作品用刻印として使用して販売しており、このような長年にわたる製作販売の結果、上記「真葛」の印は、自他商品の識別標識としての機能及び商品の出所表示の役割を果たしている。

他方、原告が所有する引用商標は、「真葛」の文字を草書体で表したものであり、このことと、原告の製陶に係る陶磁器の刻印及び包装箱に筆書きされている文字と引用商標に掲げている文字とが、書体の形状に同一性があることは、財団法人不審菴理事久田宗也作成の証明書(審決及び本訴甲第6号証)、株式会社高島屋京都美術部部長伊藤勲作成の証明書(同甲第7号証)、株式会社京都美術倶楽部取締役社長奥田竹治郎作成の証明書(同甲第8号証)、京都市東山区の美術商赤坂政次作成の証明書(同甲第9号証)及び大阪美術商協同組合理事長市田芳一作成の証明書(同甲第10号証、以下、これらの証明書を「本件各証明書」という。)によって立証されるとともに、大丸東京店「真葛焼茶碗展」の図版(甲第13号証)、毎日新聞社発行「真葛」の図版(甲第39号証)。日本橋三越作成の「真葛宮川香斎茶陶展」の図版(甲第40、第41号証、以下、これらの図版を「本件各図版」という。)からも明らかである。

2  また、株式会社近藤出版社発行の「くずし字用例辞典」(甲第16号証)、株式会社三省堂発行の「芸術草書大字典」(甲第17号証)、株式会社東京堂出版発行の「行草大字典 新装版」(甲第18号証)、株式会社角川書店発行の「日本名跡大字典」(甲第19号証)、同書店発行の「角川書道字典」(甲第20号証)、株式会社マール社発行の「五體字書」(甲第21号証)、柏書房株式会社発行の「異体字解読字典」(甲第22号証)、株式会社東京堂出版発行の「くずし字解読辞典 普及版」(甲第23号証)及び株式会社二玄社発行の「呉昌硯書法字典」(甲第24号証、以下、これらの辞典を「本件各辞典」という。)によれば、行書体、草書体に掲げられた「真」の文字は、右に向かって棒筆を起こし、第1画と交わった縦棒が左へ斜めとなる起筆順であるところ、いずれも引用商標と同様に筆字によるものであるが、筆幅により運筆が必ずしも明確といい難いものについても、「真」のくずし字や行書体として紹介されているのであり、このことからみても、引用商標の「真」の文字が、草書体で表わされた「真」の文字であると容易に理解できる。

なお、被告は、引用商標の「真」の文字の上部の横棒に接する上下線はつながっていないと主張するが、引用商標は、筆字で書かれ、右に向かって起こした棒筆に一定の筆幅があることで、2画目が1画目と交わり左斜めに運筆する部分が1画目の筆幅に隠れてしまい、また、交点における墨のにじみなどから、あたかも「上下線はつながっていない」かのように錯覚される余地を生じたものである。

しかも、引用商標の登録出願に対しては、当初、拒絶理由通知(甲第5号証の2)がなされているが、そのなかで引用商標について、「『真葛』の文字を普通に用いられる方法で表してなるもの」と認定されており、その取消審判の審決(甲第4号証、以下「別件審決」という。)の理由中においても、「本願商標の構成は別紙に表示したとおり『真葛』の文字を草書体で表してなる」と認定されているから、引用商標が「真葛」の草書体であることは明らかである。さらに、特許庁の開設したホームページにおいては、引用商標が、「真葛」という文字の特殊な態様を示すものとして記載されており、財団法人日本特許情報機構の商標検索システムにおいても、同様の記載がなされている(甲第56号証)。

3  以上のとおり、引用商標は、「真葛」の文字を草書体で表したものであり、本件商標とは、外観において書体が明朝体と草書体との差異を有するだけであり、また、両商標は、「葛の美称」「植物クズの美称」の観念を有し、「マクズ」と称呼されるのであるから、観念及び称呼においても類似する。ちなみに、東京地裁平成10年7月24日判決(甲第44号証、以下「参照判決」という。)では、当該事件の原告商標の要部が、独特の書体であり、外観において当該事件の被告商標の要部と異なるところがあると認定しながらも、双方の要部は観念及び称呼を同じくすると判断しており、本件商標と引用商標が類似することは当然といえる。

そして、本件商標の指定商品中「食器類、パン入れ、つぼ、たる、菓子かん、茶かん」と、引用商標の「陶磁器製の食器類」とは、商品において抵触し、両商標は、同一又は類似の商品に使用するのであるから、指定商品も類似する。

したがって、本件商標は、商標法4条1項11号の規定に該当して、無効である。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であって、原告の主張には理由がない。

1  原告は、陶器を表示する商標として国内外で周知著名な「真葛焼」「真葛窯」を創設発展させた宮川香山とは何の関係もない。

しかも、引用商標は、「真葛」の文字の草書体ではなく、「マクズ」の称呼及び観念は生じない。仮に、引用商標が「真葛」の草書体であり、「マクズ」の称呼を生ずるとすれば、前記周知著名商標に類似し、商標法4条1項10号及び16号の規定に該当して、無効とされるべきものである。

2  引用商標の上部の文字の2画目、すなわち上部の横棒に接する上下線は、上下でつながっていないことが明らかであり、この上部の部分は、「鍋蓋」「けいさんかむり」と呼ばれる部首である。これに対し、本件各辞典によれば、「真」の文字の草書体は、いずれも上部の横棒の上下の縦線が、1本線としてつながっている。したがって、引用商標の上部の文字は、「真」の文字とは異なるものであり、一般的に用いられる草書体の中で、引用商標の上部の表示に近似しているのは、尚学図書発行「現代書道三体字典」(乙第1号証)によれば、「穴」又は「呑」と思われるが、むしろ何の文字か判読できないとみるのが自然であるから、称呼及び観念を生じる余地はない。

なお、別件審決やその他の特許庁の認定は、陶器を表す商標である「真葛」「真葛焼」があまりに著名であったことから、当該商標を「真葛」と無理やり読んだものにすぎない。また、参照判決では、原告商標が独特の書体であっても「寒梅」の文字と読めることから「かんばい」の称呼が生ずるとしたものであり、「しん」や「ま」の称呼が生じない本件の引用商標とは事案が異なる。

したがって、この点に関する審決の認定(審決書11頁1~11行)に誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  審決の理由中、本件商標が、「真葛」の漢字を縦書きしてなり、第19類「台所用品(電気機械器具、手動利器および手動工具に属するものを除く)日用品(他の類に属するものを除く)」を指定商品とし、「葛の美称」「植物クズの美称」の観念を有し、「マクズ」と称呼されること、引用商標が、別添審決書写し別紙記載のとおりの構成よりなり、第19類「陶磁器製の食器類」を指定商品とすること、本件商標が由来する陶器の「真葛焼」の成立及び発展の経緯等に関する認定(審決書10頁1~25行)は、いずれも当事者間に争いがない。

2  引用商標は、縦に上下の2文字よりなり、下の1文字は、「葛」の字をくずしたものと理解され、本件各辞典中(甲第16~第24号証、これらはいずれも、その体裁及び記載内容からみて辞典類であり、真正に成立したものと認められる。)の「葛」の字の項によれば、「葛」の漢字の行書体と認めるのが相当である。これに対し、上の1文字については、下の1文字との関連からみて、何らかの漢字をくずしたものであろうと推測されるが、本件商標あるいは引用商標に係る指定商品の一般的取引者・需要者にとって、容易に判読し難いものと認められる。

原告は、この文字を草書体で表わされた「真」の文字であると主張するので、以下検討する。

「真」の漢字は、これを楷書体により記すと、その上部において1画目を右に向かってやや小さく真横に「一」として起筆し、この1画目を上下に貫く形状で2画目の縦棒が上から真下へ、あるいは左斜め下へ起筆されるものであるところ、本件各辞典中の「真」の字の項によれば、この「真」の漢字をくずして、行書体又は草書体で書き表すと、全体的にはかなり様々な形態となるにもかかわらず、いずれの形態においても、この1画目を2画目(くずし方によっては1画目と連続した画数となる。)が上下に貫く形状は維持されており、2画目が1画目の線上で留まる、すなわち「亠」の形状のものは、「真」の漢字のくずし方とされていないものと認められる。

これに対し、引用商標の上の1文字は、その上部において1画目が右に向かってやや小さく真横に起筆され、1画目の中央上部から下へ1画目より広い筆幅で2画目が起筆されるが、1画目の横棒を貫かずに筆止めされており、1画目の横棒の下部から、2画目より筆幅が狭い3画目が左斜め下に向けて新たに起筆されているものと認められ、この1画目と2画目の形状は、「卦算冠(けいさんかんむり)」あるいは「鍋蓋(なべぶた)」と呼ばれる部首に相当するものと解される。そして、これらを含めた引用商標の上の1文字全体の形態に関して、本件各辞典のいずれにおいても、これを「真」の草書体として掲記するものは存しないから、これを「真」と判読することは客観的に困難なことといわなければならない。

3  原告は、引用商標が筆字で書かれ、右に向かって起こした棒筆に一定の筆幅があることで、2画目が1画目と交わり左斜めに運筆する部分が1画目の筆幅に隠れてしまい、また、交点における墨のにじみなどから、あたかも「上下線はつながっていない」かのように錯覚される余地を生じたものであると主張する。

しかし、引用商標の上の1文字においては、前示のとおり、1画目の横棒に対して、上部から降ろされた2画目と、その横棒から更に下部に降ろされる部分とは、その位置がずれているだけでなく、筆幅が明らかに異なっており、これは墨のにじみ等に基づくものとはいえないから、原告の主張を採用する余地はない。

また、原告は、引用商標が、「真葛」の文字を草書体で表したものであること、原告の製陶に係る陶磁器の刻印及び包装箱に筆書きされている文字と引用商標に掲げている文字とが、書体の形状に同一性があることは、本件各証明書(甲第6~第10号証)及び本件各図版(甲第13、第39~第41号証)からも明らかであると主張する。

しかし、本件各図版に掲げられた文字は、小さく不明瞭で判読し難いものが多く、形態を識別できるものについては、引用商標の上の1文字、とりわけその上部の形状と明らかに異なるから、この点に関する原告の主張は失当というほかない。また、本件各証明書中の文字は、引用商標に極めて近似する、原告所有の第20類「陶磁器製の花生け、水盤」を指定商品とする登録第1978403号商標(以下「別件商標」という。)であり、原告が昭和47年ころより「真葛焼」に刻印したとする「真葛」の印(甲第12号証)とも異なると認められる。そして、本件各証明書の作成者は、いずれも関西地域において原告の製陶に係る「真葛焼」の陶磁器の使用者あるいは美術関連業者と認められ、これらの者が、原告の依頼により、「真葛焼」に通常刻印される「真葛」の印とは異なる別件商標を、「真葛」と述べたからといって、原告及び「真葛焼」と直接の関連がない当該指定商品の一般的取引者・需要者が、引用商標及び別件商標を「真葛」と判読できることを立証したものということはできない。本来、文字の判読は、当該指定商品の取引の実情に即し、辞書・辞典等の客観的資料に基づいて行われるべきであるところ、「真」の漢字に関して多数の行書体及び草書体を掲載した本件各辞典のいずれにおいても、引用商標の上の1文字、とりわけその上部のような形状を有するものが存しないことは、前示のとおりであるから、いずれにしても原告の主張は、到底採用することができない。

さらに、原告は、引用商標の登録出願に対する拒絶理由通知(甲第5号証の2)及びその取消審判である別件審決(甲第4号証)の理由中において、引用商標が「『真葛』の文字を草書体で表してなる」と認定されており、特許庁の開設したホームページ等においては、引用商標が「真葛」という文字の特殊な態様を示すものとして記載されているから、引用商標は「真葛」と判読できると主張する。

たしかに、上記拒絶理由通知や別件審決では、原告の主張のような認定が行われているが、前示のとおり、客観的資料として多数の漢字の行書体及び草書体を掲載した本件各辞典のいずれにおいても、引用商標の上の1文字、とりわけその上部のような形状を有するものは認められず、このことは、特許庁が他の事件において行った認定によって左右されるものではないから、上記の主張も採用することができない。

なお、原告は、参照判決(甲第44号証)において、当該事件の原告商標の要部が、独特の書体であり、外観において当該事件の被告商標の要部と異なるところがあると認定されながらも、双方の要部は観念及び称呼を同じくすると判断されていると主張するが、当該事件の原告商標と本件事件の引用商標とは全く相違し、事案が異なるものであるから、同判決の判断を参照すべき点は認められず、上記主張も採用の余地がない。

以上のとおり、本件商標あるいは引用商標に係る指定商品の一般的取引者・需要者が、引用商標の上の1文字を、「真」の草書体として判読することは困難といわなければならないから、引用商標全体から特定の称呼及び観念を生じるものと認めることはできない。

したがって、審決が、「引用商標が『真葛』の文字と判読できることを前提とした請求人の主張は、採用できないといわざるを得ないから、本件商標は、商標法第4条第1項第11号に該当するものであるとすることはできない。」(審決書11頁12~16行)と判断したことに誤りはない。

4  以上によれば、審決の認定判断は正当であり、他に審決にこれを取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成7年審判第6848号

審決

京都府京都市東山区渋谷通東大路東入二丁目下馬町484番地

請求人 宮川三喜重

京都府京都市中京区東洞院通二条上ル壷屋町526

代理人弁理士 杉島勇

京都市中京区東洞院通二条上ル壺屋町526番地

代理人弁護士 杉島元

京都府京都市中京区御幸町通三条上る丸屋町330-1 新実特許事務所

代理人弁理士 村田紀子

横浜市旭区中尾12番地

被請求人 宮川博明

神奈川県横浜市中区翁町1丁目6番地の4

代理人弁護士 会田恒司

上記当事者間の登録第2593798号商標の登録無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

本件は、「真葛」の漢字を左縦書きしてなり、第19類「台所用品(電気機械器具、手動利器および手動工具に属するものを除く)日用品(他の類に属するものを除く)」を指定商品として、平成3年12月13日に登録出願され、平成5年10月29日に設定登録された登録第2593798号商標(以下「本件商標」という)に関する商標法第46条の規定に基づく商標登録の無効審判請求(以下「本件請求」という)である。

Ⅰ.請求人の主張等

請求人は、本件商標はこれを無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、次の趣旨の理由および弁駁を述べると共に、証拠方法として甲第1号証~甲第11号証(枝番を含む)を提出している。

1.本件商標は、昭和58年8月24日に登録出願され、別紙に示すとおりの構成よりなり、旧第19類「陶磁器製の食器類」を指定商品として、平成2年7月30日に設定登録がなされ、現に有効に存続する登録第2247814号商標(以下「引用商標」という)と類似するものであるから、商標法第4条第1項第11号に該当し、その商標登録は無効とされるべきである。

(1) 本件商標と引用商標との類否について検討するに、本件商標は、前記構成のとおり、「真葛」の文字よりなり、該文字は、「葛の美称」「植物クズの美称」の意味を有する語として、株式会社岩波書店発行「広辞苑」(甲第3号証)ならびに株式会社三省堂発行「大辞林」(甲第4号証)に記載されているところであり、その読みも「マクズ」と称呼されるものである。

一方、引用商標をみるに、別紙に示すとおりの構成よりなるものであって、「真葛」の文字を草書体で表したものである。該文字は、上述したように「葛の美称」「植物クズの美称」の意味を有する語であり、「マクズ」と称呼されるものである。

(2) してみれば、本件商標と引用商標とは、漢字の「真葛」の書体が明朝と草書の差こそあれ、「葛の美称」「植物のクズの美称」の観念を共通にするものであり、称呼においても「マクズ」の称呼を共通にするものであるから、両者は称呼、観念ともに類似することは明白である。

(3) したがって、本件商標と引用商標は、商標において類似し、かつ、指定商品においても、本件商標の指定商品中の「食器類、パン入れ、つぼ、たる、菓子かん、茶かん」と引用商標の指定商品「陶磁器製の食器類」とは、商品において抵触し、同一又は類似の商品に使用するものであるから、指定商品も類似するものである。

2.下記Ⅱ1に対する弁駁

(1) 引用商標は、「真葛」の文字を草書体で縦書きしてなるものであり(甲第2号証の1)、書道家でなくとも通常の日本語の知識を有するものであれば、これを楷書では「真葛」と表されるものであることを容易に認識できるものであり、この「真葛」は本件商標を構成する文字と符合するものである。

ちなみに商願昭58-80967号の昭和60年3月25日付け拒絶理由通知書(甲第5号証)においては、引用商標は普通書体で「真葛」を表したものであると指摘されている。

(2) 引用商標が、「真葛」の文字を草書体で縦書きしてなるものであることは通常の日本語の知識を有するものであれば容易に認識できるものであり、このことは、甲第6号証~甲第10号証の証明書によっても立証される。

(3) したがって、本件商標は、書体に明朝と草書の差があるとはいえ、引用商標と称呼及び観念において同一であるので、商標法第4条第1項第11号の規定に該当するものである。

(4) なお、被請求人は、請求人が不正競争行為をしているかのように主張するが、被請求人が提出した乙第12号証の序文等を参照すれば、この点においても被請求人の主張が失当であることは明らかである。

(5) 即ち、請求人が著者である、昭和63年5月23日毎日新聞社発行の「真葛」の第3~15頁(甲第11号証)には序文等が掲載されており、ここには、請求人が京都の陶家宮川家の後継者であり、京都の真葛焼を承継するものであることが記載されている。

Ⅱ.被請求人の主張等

被請求人は、結論同旨の審決を求め、次の趣旨の理由をもって答弁すると共に証拠方法として乙第1号証~乙第21号証(枝番を含む)を提出している。

1.答弁の趣旨

(1) 引用商標は、別紙に示すとおりの構成よりなり、何の文字かまた文字であるか否かも不明なものであり、「真葛」の文字の草書体ではない。これに対し、「真」の文字の草書体は、乙第1号証の4及び乙第2号証の3にある構成であるから、これらの対比から明らかなように、「真」の文字の草書体とは全く異なる。

(2) 引用商標の下部の表示についても「葛」の文字の草書体とは異なる。「葛」の文字の草書体は乙第1号証の6及び乙第2号証の4に表示されているような文字であり、引用商標の下部の表示とは全く異なる。

(3) 商標の称呼は、商標(その構成自体)より自然に流れ出るところによって判定されるものである。引用商標は文字として判読できないため、何らの称呼も生じないと考えるのが自然である。

(4) 以上の点から考えて、引用商標から「葛の美称」「植物クズの美称」なる意味・観念も生じる余地もなく、引用商標と本件商標とは、外観、称呼および観念のいずれの点においても類似していないものである。

(5) そもそも、「真葛」及び「真葛焼」の商標は、被請求人の曾祖父である初代宮川香山(虎之助)及びその後継者の制作した陶器を表わす商標として日本のみならず世界的に周知・著名となっている商標である。初代宮川香山(虎之助)は、京都の真葛原に窯を有し陶器を制作していたが、従来の陶器を越えた本格的陶芸に挑戦せんと明治3年、妻子門弟とともに京都から横浜に移り、横浜の南太田(太田ともいわれている)という場所に開窯した。

横浜で開窯した初代宮川香山は「真葛」または「真葛焼」の商標(名称)の下に伝統的釉薬と化学的釉薬を用いて独自の陶器を作り出し、日本国内はもとより、世界各国でも高い評価を得た。

(6) 3代目宮川香山である宮川葛之輔及び4代目宮川香山である宮川智之助の制作した「真葛」ないし「真葛焼」の陶器は、初代宮川香山の流れをくむ作品としてこれまた高い評価を得ている(乙第3号証の第76頁の「真葛香山略系譜」及び78頁~79頁)。

(7) この結果、「真葛」または「真葛焼」といえば初代宮川香山(虎之助)及びその後継者の制作した陶器を表示する商標として日本国内はもとより国外でも周知・著名となっており(乙第3号証の第2頁~第6頁)、乙第3号証の第73頁~第75頁にあるように国外の美術館でも多数展示されている。また、代々の宮川香山らは横浜の南太田(太田ともいわれている)に窯を設けていたため「真葛焼」は「太田焼」と別称されることもあり、甲第3号証の広辞苑の第2243頁に明記されているほか乙第4号証にも記載されている。「真葛」及び「真葛焼」といえば、初代宮川香山及びその後継者の制作した陶器を表示するものとして現在においても周知・著名であることは、乙第3号証~同第7号証の各証拠により明らかである。

(8) 4代目宮川香山である宮川智之助は、昭和34年に他界しているが、請求人は、初代及び2代目宮川香山の家系にあり、3代目宮川香山である宮川葛之輔の4男で昭和20年に宮川葛之輔の後を継いで、同宮川家を家督相続をしている(乙第8号証~乙第10号証)。

被請求人の3人の兄は、すでに他界しており、初代宮川香山の後継者としては被請求人を除いて存在しない。被請求人は5代目宮川香山として「真葛」及び「真葛焼」を復興中であり、「真葛」及び「真葛焼」の商標を正当に使用できるのは、被請求人のみである。

(9) 被請求人の家系図は、乙第11号証の「宮川家々誌」中に記載されている。被請求人は宮川第7代小兵衛政一の次男長兵衛の子孫であり13代勝之助の4男に当る。ところが、請求人は、乙第12号証の「真葛」なる本を著し、その第85頁目(頁の表示はない)に宮川家系図なるものを記載し、自分が宮川小兵衛政一の3男の治兵衛政重の子孫であるかのように表示している。

2.上記I2に対する答弁

(1) 引用商標における拒絶理由通知書(甲第5号証)には、「真葛原で焼かれた陶磁器製の商品である真葛焼の意を容易に認識させる「真葛」の文字を普通に用いられる方法で表わしなるもの」と記載されている。

しかしながら、これは被請求人の曾祖父である初代宮川香山(虎之助)及びその後継者の製作した陶器を表わす商標「真葛」または「真葛焼」があまりに著名であることによるものである。

すなわち、引用商標からは、「マクズ」の称呼は生じないが、周知著名な「真葛」ないし「真葛焼」の商標が刻み込まれていたため、引用商標と同一態様の商標を「マクズ」と読めるものとして拒絶理由通知を出したにすぎない。

これに対し、請求人は、「百数十年に亘る唯一の真葛焼の窯元として、その製造販売にかかる陶器真葛焼の優れた品質は広く世人に評価され古くより今日に至るまで『真葛焼』あるいは「真葛』といえば宮川香斎の商品としての出所の指標力を有する」(宮川香斎とは請求人をさす)と虚偽の主張と事実に反する証拠を提出して、商標法第3条第2項の要件を充足している旨の虚為の主張立証により引用商標の登録を受けたものである。

(2) 商標の称呼は、商標(その構成自体)より自然に流れ出るところによって判定されるものであり、引用商標からは「マクズ」の称呼は生じない。

(3) 請求人が提出した甲第6号証~甲第10号証の「証明書」と題する書面の作成者はいずれも請求人と何らかの関係のある人物である。例えば、請求人の制作した陶器について推薦文を記載(いわゆる箱書き)して請求人の陶器の販売に協力している人物である。これらの人物が引用商標は「真葛」を表わしたものに相違ないことを証明しても何の意味ももたない。

(4) 甲第11号証および乙第12号証は、請求人自らの手によって請求人である宮川香斎と(被請求人の曾祖父及びその後継者である)香山家及び(被請求人の曾祖父の初代香山の先代である)長造(長蔵)との関係をはじめて明らかにする為に出版されたとされる書籍である(甲第11号証の奥付に「著者宮川香斎」と記載されている)。同書において明らかにされたという請求人である宮川香斎と香山家及び長造との関係というのは、請求人(宮川香斎)は、被請求人の曾祖父初代宮川香山の先代である長造(長蔵)とも、香山家とも何らの関係もないのにもかかわらず、請求人が被請求人の家系と関係がある旨の虚偽の表示である。

Ⅲ.判断

本件商標は、前記の構成のとおり、「真葛」の文字を書してなるところ、該文字(語)は、初代宮川香山(虎之助)が京都の東山真葛原に窯を有していたことに因み「真葛焼」と銘々されたことに由来し、明治3年に京都から横浜に移り、横浜の太田(南太田ともいわれる)という場所に開窯し、その後の2代目以降の宮川香山も横浜の大田の窯で陶器を制作してきていることから、初代宮川香山(虎之助)及びその後継者の制作した陶器は太田焼ともいわれるようになったもので、真葛焼が初代宮川香山(虎之助)およびその後継者が制作した陶器を表わす商標(名称)を認識させるものであることが乙第3号証~乙第7号証および甲第11号証から窺える。

そして、本件請求は、この真葛焼の始祖宮川家7代小兵衛政一の次男長兵衛と三男治兵衛政重をそれぞれ祖先とする宮川香山と宮川香斎の家系であり真葛焼の制作者でもある者を当事者とするものであることが窺える。すなわち、乙第10号証(戸籍の除籍謄本)、乙第11号証(宮川家々誌)および乙第12号証(昭和63年5月23日毎日新聞社発行「真葛」の抜粋の写し)により、被請求人は、宮川香山の家系にあって、3代目宮川香山である宮川葛之輔の4男であり、宮川香山の後継者であること、また、甲第11号証および乙第12号証により、請求人は、「香斎を襲名」したことが窺える。

しかし、引用商標は、別紙に示すとおりの構成よりなるところ、甲第6号証~甲第10号証も、証明書に表示されている商標とその証明書に添付された別紙写真の写しに認められる陶磁器の刻印およびその包装箱に筆書きされている文字とはその形状が相違するので、これをもって引用商標が「真葛」の文字を表示したものであって、「マクズ」と称呼されることを証するものとは認められず、その他その上部の文字が、草書体の「真」の文字であることを証する書証の提示がなく、職権をもって調査したがその事実は見当たらなかった。

そうとすれば、引用商標が「真葛」の文字と判読できることを前提とした請求人の主張は、採用できないといわざるを得ないから、本件商標は、商標法第4条第1項第11号に該当するものであるとすることはできない。

したがって、本件商標の登録は、商標法第4条第1項第11号の規定に違反してなされたものとして、これを同法第46条第1項第1号により、その登録を無効とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成9年11月19日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

別紙

<省略>

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